職場から見た司法制度改革の第1次提言案

2000年1月29日
全司法労働組合

 私たちは、全国の裁判所に働く職員で組織している全司法労働組合です。
 全司法は、裁判所の現場に働く者の立場・司法労働者としての役割から、自らの労働条件改善のとりくみと司法の民主化・「国民のための裁判所」実現を2本柱として追及しています。この間、当面する重点的な課題として、みなさんのご理解と私たちの要求に対するご支持も得ながら、裁判所予算の大幅増額、人的・物的充実を求める全国的な運動も展開し、それらを内容とする請願署名の国会における採択もいただいているところです。
 本提言案は、「司法制度改革」が広く国民的に議論されるという状況をうけて、当面、その素材提供との位置づけで、私たち全司法の第60回中央委員会で確立したものです。

1 はじめに

 近年、国民の権利意識の高まりや企業の経済活動の領域が拡大していくなかで、裁判所にもちこまれる法的な紛争は増加しています。また、凶悪な犯罪事件が生ずるなど、内容もますます複雑・困難なものになっています。これらの紛争や事件を公正かつ迅速に解決し、国民の権利を擁護していくうえで、裁判所に寄せられる期待もいっそう大きなものとなっています。
 しかしながら、現在.「裁判に時間がかかりすぎる」「裁判の手続きや結果がわかりにくい」「市民にとって身近な利用しやすいものになっていない」などの批判にもあるように、裁判所の機能は、社会の紛争解決機関として国民の期待に十分応えられるものになっていません。その大きな原因の一つが.国家予算全体の中てもわずか0.4%にも満たないという、きわめて限られた裁判所予算と人材不足にあるのではないか、といった指摘が各方面からなされています。
 裁判所の職場では、ここ数年:破産・調停事件をはじめ、民事訴訟、執行事件などが増え続け、刑事、家事・少年事件についても、事件の複雑・困難化が顕著になっています。大規模庁を中心に、裁判官は常時200件から350件、場合によっては400件以上の民車訴訟事件を抱えています。こうした状況のもとで、多くの職場で残業、持ち帰り、休日出勤によって事件処理をこなしている実態ですが、職場からは「公正・迅速な裁判をできるような裁判官・職員数ではない」「受付の人数が少なく、ていねいな対応ができない」「和解室・調停室が少なく期日が入りにくい」などの声があがっています。
 99年7月27日に政府に設置された「司法制度改革審議会」の第1回会議が開催され、向こう2年間、21世紀における司法が果たすべき役割を明らかにするとの位置づけで「司法制度の改革と基盤の整備に関する基本的な施策」について本格的審議が始まりました。
 「司法制度改革審議会」が設置される直接のきっかけは、自民党の司法制度特別調査会が、98年6月に『21世紀の司法の確かな指針』という報告書を政府に提出したことによるもので、その内容は、政府・財界の「この国のかたち」づくりの一環として、これまで行政が担っていた事前チェックの役割を規制緩和で縮小させ、それによって起こる紛争を事後的に解決するという「規制緩和の受け皿」「企業の経済活動をスムーズにする」観点から司法を整備することに主眼があるといわれています。
 これを契機として、マスコミ等でも司法をめぐる間題か多く取り上げられ、様々な団体・個人からも、少ない司法予算、最高裁判所をはじめとする権力機構化・官僚統制、行政追随の姿勢などの改善を求める批判的指摘を含め、国民の側からの「わかりやすく、利用しやすい」司法への改革を望む立場から、「司法制度改革」に関する意見・提言を表明する動きが示されるようになってきています。今後、「21世紀の司法がどうあるべきか」という国民的な議論が展開され、より良い制度か検討されていくことが求められているといえます。

2 21世紀の司法・裁判所のあり方について

 私たち全司法は、21世紀の日本は、憲法に保障された国民の権利がよりいっそう尊重され、擁護される社会を目指すべきだと考えます。その中で、司法が国民の期待に応え、「人権保障の担い手」として国民生活の中で積極的かつ重要な役割を果たすことを望んでいます。私たちは、そういう司法の職場で誇りを持って働いていきたいと考えています。
 司法が「人権保障の担い手」として21世紀の日本において重要な役割を果たしていくためには、今、国民的な議論が広く展開され、その判断により司法制度のあるべき姿が決められていくことが重要ですし、また、必要な改革が貝体的に進められていくことが急務になっていると考えます。
 ところで、司法制度改革の必要性について、規制緩和と一体で「事後チェック型社会への移行」が理由にあげられることがあります。国民の経済活動や行政の行為に対して「事後のチェック」が必要であることは当然ですが、これが「全てを自由競争に委ね、事後にチェックすれば足りる」という主張であるなら、現に「紛争解決の現場」で働いている私たちとしては、違和感を感じざるを得ません。事後的には権利の回復が不可能もしくは困難となる場合もあるからです。また、事後的に司法手続きで解決をはかるにしても、その根拠となる権利保障の法規等は必要であり、この点を無視した「規制緩和万能」という考え方には懸念を持つものです。実体法の整備や行政の国民生活関連部門の充実も、司法制度改革と並んで重要であることを、最初にあえて指摘しておきたいと思います。
 しかし、現実に規制緩和が進められ、自由競争を前提とした社会が形作られてきているもとで、権利救済の拠り所として司法か果たす役割はより重要になっており、それを念頭に置いた改革は急務だと考えます。その方向は、@すべての国民か容易に利用できる司法にすること、A提起された訴訟を公正・迅速に処理し、現実の権利の救済を果たすこと、B企業の経済活動や行政の行為を含むあらゆる分野で発生した紛争について、国民の権利保護の観点から、司法かその解決のための積極的な役割を果たすこと、だと考えます。また、司法の信頼が国民の参加と情報公開によって裏打ちされていくことも必要です。これらは、そもそも憲法か保障した国民の裁判を受ける権利を保障するために従来から必要とされてきたものですが、現状ではきわめて不十分であり、現在の社会・経済情勢の変化のもとで改善されるべき課題となっています。
 刑事裁判においては、犯罪の複雑・困難化、国際化、国民の権利意識の高まり等に対応することが必要です。国民の安全な社会生活を保障する役割を強化することは重要な課題ですが、いたずらに国家による秩序維持を叫ぶのではなく、@否認事件等の複雑・困難な事件処理を公正・迅速に行うための審理のあり方を改善する、A被疑者・被告人の人権保障機能を強化する、B犯罪被害者救済制度を確立する、C矯正施設の人的・物的充実を実現する、等が総合的に検討され、国民か安心して社会生活が営めるようにするとともに、犯罪の再発を防ぐ方向性か追求される必要があります。
 家事事件・少年事件についても、複雑・多様な社会状況や、核家族化、教育制度の矛盾などの社会情勢をふまえ、家庭裁判所の福祉的・後見的機能の積極的な活用がなされるような方向で検討か進められることが必要です。
 私たち全司法は、司法制度改革審議会での議論をはじめ、国民的な議論において、「憲法が国民に保障する基本的人権と民主主義擁護の理念・条項の立場に立った『公正・迅速な裁判』の実現、21世紀が国民主権のもと、市民的権利が完全に守られる真に自由で公正・透明なルールの確立により、豊かな生活を安心しておくれる社会の実現に向けたものとなるような日本となり、そのための国民が利用しやすく信頼がおける裁判所・司法の果たす役割」といった方向性が、その基調なり理念として捉えられなければならないのではないかと考えるものです。

3 国民の期待に応える司法制度の実現にむけて

〈提言案〉
 以上のような認識と裁判所の現場に働く司法労働者としての立場から、これからの司法・裁判所には、次の観点なり条件整備が大切ではないかと考えます。

 国民の権利か十分に保障され、自由で豊かな民主主義社会を実現していくためには、人的・物的にも充実した裁判所の存在が不可欠です。しかしながら、現在の裁判所の実状は、きわめて限られた裁判所予算の実態を反映し、裁判官をはじめとする裁判所職貝の慢性的な人員不足と過重負担、その影響ともいえるような訴訟の遅延、和解室や調停室等の不足にみられる不十分な施設などにあらわれ、結果的に裁判所を国民から遠ざけ、裁判所による国民の権利擁護や紛争処理機能を阻害しています。憲法に保障された「国民の裁判を受ける権利」を実質的なものとしていくためにも、裁判官をはじめとする裁判所職員の大幅な増員と裁判所施設の充実、および、そのために必要な裁判所予算の大幅な増額は、緊急かつ切実な課題となっています。司法制度改革議論の大前提として、また、真に国民に身近で利用しやすい司法制度の実現という目標を実質化していくためにも、「裁判所の人的・物的な充実がなければ『絵に描いた餅』になる」というのが、私たちが日々の仕事のなかで感じてきた実感であり、この間の運動のなかで築いてきた考え方の到達点です。この点を一つの大きな柱としていくことは最も重要なことだと考えています。

2 身近で利用しやすい司法・裁判所の条件とその改善方向

(1)国民の利用のしやすいものに

@ 裁判責用扶助制度の拡充、法制化等
  私たちか窓口等で当事者から相談を受けるとき、「弁護士に相談したり依頼する費用がない」「申立手数料や郵便切手代を出すことも困難」という事例に多く接します。法律扶助や訴訟救助の制度も説明しますが、相談に来ながら実際には費用面から裁判や調停を申し立てられない場合も多くみられます。司法・裁判所を利用しやすくするため、また、憲法に保障された「裁判を受ける権利」が資力の差により実質的に制限されないように、現行法律扶助制度の国庫補助金の大幅増額、原則全額償還制の見直し・利用者負担の改善、対象層の拡大などをはじめ、より充実した法整備と公費による制度運営など法制化の方向が求められます。また、申立手数料の低額化など「民事訴訟費用等に関する法律」改正についても検討が必要です。
A 法曹人口の増加
 司法制度の違いを考慮しても、諸外国との比較でもなお少ないとされる法曹人口を増加させていくことは、より公正・迅速な裁判をめざすうえで人的基盤整備の根幹問題として重要です。今後ますます多様化、複雑・困難化が予想される法的紛争処理に応えていくためにも、質の高い法曹を養成するとともに法曹人口を抜本的かつ大幅に増加させていくこと、どんなところでも国民が利用しやすい司法を確立することは、早急に実現すべき課題といえます。
B 受付・相談態勢の充実
 司法・裁判所か利用しにくいとされる側面として、裁判手続きのわかりにくさも指摘されています。将来的にも法的紛争の増加が予測されるもとで、総合的な受付・相談態勢・案内システムの整備も重要です。また、裁判所に来られる方は、法律相談を求めることが非常に多く、裁判所に「駆け込み寺」のようなイメージを持っています。しかし、裁判所は手続相談はできるものの法律相談には応じることができないため、弁護士会の法律相談や行政の無料法律相談などの利用をすすめますが十分とはいえず、弁護士会等と協力するなどして、裁判所内で法律相談ができるシステム・窓口の検討も必要です。
C 『裁判外の代替的紛争解決制度(ADR)』の位置づけ
 各種紛争内容に即した多種多様な裁判外の代替的紛争解決制度(ADR)が存在し拡充傾向にあるといわれています。それらが有効・適切に機能するためには、最終的には裁判か公正・迅速な紛争解決機能を果たすものとなっていなければならない、そのことを基本においたうえで、法的紛争解決システム全体のなかでの役割分担のあり方を含む裁判手続との関係、また、その担い手を中心とする制度設計、利用者側の選択・利便性の考慮など、多面的検討が必要です。
D 国民の市民的権利を保障するための法律改正・制定など
 司法制度改革論議のなかでは、例えば、住民・消費者による行政訴訟法等の改正、訴訟提起を促進する訴訟費用負担方式の検討、本人訴訟の場合の民事執行手続きの簡易化など、一般市民が司法・裁判手続きをつうじて容易に権利の実現がはかれるような法律改正・制定も視野に入れた検討が必要です。

(2)公正・迅速な裁判の実現、民主的司法制度の確立

@ 裁判所の人的(一般職員等)・物的(施設等)な充実、そのための司法予算の増加
 司法・裁判所がより身近で利用しやすいものとして、その機能を十分に果たすためには、裁判官の増員はもとより、有機的に連携して裁判手続きを担っている裁判所書記官、家庭裁判所調査官、裁判所速記官、裁判所事務官など一般職員等の増員と法廷・調停室など諸施設の拡充を中心とする人的・物的な充実、そのための司法予算の増加も必要不可欠です。また、高度・複雑・専門化する裁判等への対応としてスタッフ等の充実策の検討も必要です。
A 裁判官の独立、市民的・杜会的自由の実現、『法曹一元』
 違憲立法審査権の積極行使など司法権の独立とともに個々の裁判官の独立が保障され、その判断が公正・妥当であること、そこに裁判所に対する信頼の由来と拠り所があり期待もされているといえます。現在の裁判官制度(キャリアシステム)では、異動や処遇など最高裁の意向で決められてしまうので、どうしても最高裁の顔色をうかがいがちになり、裁判官の市民的自由や個々の裁判官の独立が実質的に確保されにくいのではないか、という批判も多く出されており、裁判官個人の市民的・社会的自由が真に保障されるとともに、そのことを土台として、「法曹一元」などを含めた多様な裁判官制度の検討もすすめられる必要があります。
B 刑事裁判の適正化、被疑者国選弁護制度等
 国民の安全な生活確保の要請に応え、複雑化・凶悪化・組織化・国際化の傾向にある犯罪に対応したより公正・迅速な公開された刑事裁判も求められています。被疑者段階からの権利保護をはかる国選弁護制度の確立をはじめ、犯罪被害者救済の法制化の検討も必要となっています。また、代用監獄(警察留置施設)、矯正施設等に対する問題指摘を含めた総合的な検討も重要です。
C 家庭裁判所の充実・強化
 家庭裁判所は、社会の基本単位である家庭や非行問題を専門に扱う裁判所として設立され50年が経過しました。この間、国民にとって「相談しやすく、利用しやすい」裁判所としての信頼を得てきました。これは家庭裁判所が純粋司法判断のみを行うだけでなく、福祉的・教育的機能を制度的にも組み入れ、人間関係諸科学の専門家である家庭裁判所調査官という専門スタッフ制度を導入して、司法福祉(司法ケースワーク)を行うことを重要な柱にしてきたことによるものです。また、こうした諸制度は単に法律的な判断に止まらず、裁判所を利用する国民にとって納得のいく、妥当な解決を実現する上で重要な役割を果たしてきました。今後も、成年後見制度の実施や社会的に関心をよんでいる少年非行問題などに対応していくためにも、家庭裁判所の機能の充実・強化か図られる必要があります。
D 簡易裁判所の充実・強化
 当事者訴訟も多く、国民に一番身近な裁判所としての簡易裁判所の充実・強化が求められています。少額訴訟事件手続の新設や大規模簡裁に設置された受付相談センターなど、立法や裁判所機能強化が行われていますが、その人的・物的体制は立ち後れている実状もあり、また、近年、増加傾向にある調停事件の円滑な処理も含めた抜本的な体制整備が必要です。

(3)国民の司法参加等

@ 情報公開
 社会の複雑・専門化、社会・経済活動の国際化、情報化の進展に伴い、ますます司法の比重が増大するといわれる流れのなかで、司法・裁判所の利用を身近で容易にするとともに、当事者の納得、国民の知る権利、国民によるチェック、諸紛争・犯罪等の予防という観点からの情報公開が求められます。また、判決の情報化、裁判傍聴制度の充実、司法行政の公開も必要です。
A 調停委員・司法委貝・参与員・検察審査会
 現在、国民の司法参加の制度として、調停委員・司法委員・参与員・検察審査会等があります。その実態や存在意義等の情報提供をはかりつつ、それぞれ、より発展方向での制度改善にむけた検討も必要です。
B 『陪審制』『参審制』
 司法・裁判への市民参加をはかりその意思を反映させ、よりその意識や感覚に近いものとするための方策として、陪審・参審制の導入を求める声が高まっています。司法・裁判をより身近なものとするためにも、諸外国の民主的裁判制度も参考にしつつ、社会的・制度的な条件整備を含めた検討が求められます。

4 結びにかえて

 私たち全司法労働組合は、今後も、内外の議論動向をふまえ、各種とりくみの計画・具体化をはかりながら、適宜、私たち自身の考え方なども示していきたいと考えています。
 ついては、国民各層、各団体等での論議、ならびに、司法制度改革審議会をはじめ、政府、国会、最高裁判所等での審議・検討にあたっては、裁判所の現場で働く私たち全司法の意見も十分お聞きいただき、本提言案の方向で実現に向けた具体化がなされるように期待するものです。
以 上

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