はじめに
1.労働紛争の実態と処理状況
2.労働調停についての考え方
3.あるべき労働裁判についての考え方
4.労働委員会命令に対する司法審査改革についての考え方
はじめに
(1)提言(第1次)発表にあたって
国公労連は、司法制度改革を検討するにあたって、検討を裁判所等直接の関係機関にとどめることなく、「行政と司法の架け橋」の役割を果たし、行政の各分野にも関わる問題として提起し続けることを念頭に置いてきた。そのため、労働組合として直接に関わりを持ち、行政・司法に携わるものとして、改革を提言することが求められている労働紛争処理の問題について、まず具体的検討を行うこととした。今回、国公労連司法制度改革プロジェクト(全司法、全法務、全労働、国公労連本部で構成)による検討結果を踏まえ、労働調停制度についての提言を中心に第一次提言としてまとめた。今後は、この提言の組織討議を進め、内容をさらに豊かにしていくとともに、労働裁判の固有の手続や労働委員会命令の司法審査等の課題についても検討を深め、労働検討会のスケジュールに対応し、6月初めをめどにさらに内容を充実させた提言としていく方針である。また、こうした提言活動と同時に、国民のための司法制度改革を求める運動に結集し、奮闘していくものである。
(2)労働紛争処理を考える視点
労働紛争処理について、国公労連は以下の観点に立って検討を進めてきた。
*個々の労働者の正当な権利保護とそれを通じたあるべき労使関係構築のための手段-言い換えれば労働の場における正義の確立であるべきである。
*そのためには、判例法理の形成につながる裁判制度を核として、裁判との連携を保った紛争処理制度を構築することが求められる。
*労働紛争処理制度は、個々の紛争処理や紛争の抑制だけでは不十分で、日本の労使関係全体に影響を与えるものがのぞましい。
*以上の点を展望するなら、労使を真に代表する専門家の関与は、紛争処理に関わることによって、法による正義の実現の意識が全体の労働関係に還元され、改善に資することが期待できることから、不可欠の条件となる。
*同時に、労働紛争では紛争当事者の力関係の偏在が著しく、ADR(裁判外の紛争処理制度)や裁判でも容易には労働者の権利が救済されない。そのため、事後チェックだけでは、経営者の「法令違反、紛争のやりどく」になりかねず、依然、労働法令による事前規制と行政によるチェックが不可欠である。
1.労働紛争の実態と処理状況
【ポイント】
(1)個別労働紛争は、増加傾向にある。
(2)その内容も、景気動向を反映し、解雇問題等深刻化しており、迅速な解決が求められる。
(3)迅速な解決の点で、労働相談やあっせんなどADRの果たしている役割が大きい。
(4)創設が予定されている労働調停制度は、裁判との関係が明確な制度として、より法規範を踏まえた処理がされることが期待される。
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あるべき労働紛争処理を考える上で、労働紛争の発生状況や実相、処理状況を把握することは不可欠である。そこで、以下に実態と紛争処理として求められるポイントを述べたい。
1-1 個別紛争の実態と処理状況
<労働相談等の件数>
都道府県労働相談窓口では、2000(平成12)年度、15万2948件(労働側11万8301件、使用者側3万4647件)の相談が寄せられている。
また、地方労働委員会では、2002年1月31日現在、26道県で個別的労使紛争に関する相談・助言・あっせんを行っている。相談・助言業務を行っている8県では、145件(うち0件の県が1)、あっせん業務を行っている26道県では、83件のあっせんが行われ、解決32、打ち切り14、却下10、不開始15、係属中12となっている。7県では、業務が0件である。
厚生労働省都道府県労働局の、個別労働紛争解決促進法施行後1年で、相談件数は、54万4687件、うち労働法令違反を伴わないが権利の紛争である民事上の個別労働紛争相談件数は8万9971件、うち助言・指導申し出件数は1911件、あっせん申請受理件数は2115件である。なお、都道府県労働局・労働基準監督署への法令違反についての申告は、2001(平成13)年に3万4956件を受理している。また、監督を実施した2万9283事業場中、違反事業場は2万1005件(違反事業所比率71.7%)となっている。
法務局(ブロック局、地方法務局、支局)、人権擁護委員が取り扱った38万547件の私人に関する人権相談の内、2.35%にあたる8925件が労働権関係の相談であり、法務局(ブロック局、地方法務局)が新規に受理した私人に関する人権侵犯事件1万6522件中、6.30%にあたる1041件が労働権関係である。
<その特徴>
一見して分かることは、あっせん・助言数に比べ、相談件数が非常に多いことである。かつ相談のうち、権利の紛争を伴わない、労働者あるいは使用者の不満、法令の理解不足に類するものが多いと推察される。相談業務は、そうした問題を解消する点で大きな役割を果たしており、労働紛争処理における相談業務の重要さを示す一つの事実である。
相談・あっせん業務においては、官署数が多い厚生労働省都道府県労働局、都道府県労働相談窓口の比重が高い。特に労働者にとっては、身近で利用しやすい窓口が求められていることを示している。また、国および都道府県の労働行政機関以外に、法務局・人権擁護委員への人権相談と法務局への人権侵犯事件申し立てに一定の労働権事案が含まれていることは、行政の側で重視される系統の別が、相談する側・救済を求める側にとっては、あまり意味を持たないことを示している。
1-2 個別紛争の実相と処理状況
<法令違反を構成するもの>
都道府県労働局・労働基準監督署に、労働法令違反を構成しているものとして申告があったものの内、建設業が7366件、商業が6853件、製造業が5595件、接客業が4799件、派遣業が3796件、運送業が2949件等となっている。法令違反の内容は、賃金不払いが2万7142事業場、解雇が8111事業場、労働時間(一般労働者)が617事業場、最低賃金が497事業場などとなっている。深刻な不況を反映した内容であると同時に、労働基準法施行50年を経てもいまだに最低基準を満たさない日本の企業の実態が明らかになっている。法令違反の処理状況は、申告4万1444事業場(前年からの繰り越し6488事業場と当年申告34956事業場)に対して、処理が完結した事業場は3万5022で、完結率は84.5%である。
<労働条件(契約)に関わる民事紛争であるもの>
一方、厚生労働省の都道府県労働局における民事上の個別労働紛争相談8万9971件の内、労働条件に関わるものは、解雇(28.5%)、労働条件引き下げ(17.4%)、退職勧告(5.9%)、出向・配置転換(3.1%)などとなっており、あっせん申請2115件の内、解雇(41.8%)、労働条件引き下げ(14.3%)、退職勧奨(4.9%)、出向・配置転換(4.2%)などであり、都道府県労働局長の助言・指導の申し出件数1911件数の内、解雇(41.0%)、労働条件引き下げ(16.9%)、出向・配置転換(6.2%)
、退職勧奨(3.7%)と、いずれも同様の傾向となっている。都道府県の相談業務の概況(2000(平成12)年度-労働検討会への厚生労働省提出資料)で見ると、相談件数15万2948件の内、労働条件に関する問題では、賃金・退職金が3万4239件、解雇が1万9355件、労働時間・休日・休暇が1万1829件となっている。なお、相談件数約5万件(1999(平成11)年度で4万8359件)で、全国の件数のほぼ3分の1を占める東京都産業労働局の場合は、相談件数7万5434項目の内、解雇9750項目(12.9%)、賃金不払い7852項目(10.4%)、労働契約5047項目(6.7%)、賃金その他4984項目(6.6%)、退職金3940項目(5.2%)の順となっており、都道府県労働局の場合と同様、解雇問題が深刻であることを示している。
紛争の処理は、2001年10月から2002年9月までのあっせん申請受理2115件中、9月までに手続を終了したものは1791件であり、その内合意成立が714件(39.9%)、自主解決等で申請が取り下げられたものが254件(14.2%)、一方の当事者が参加しない等によりうち切ったものが804件(44.9%)となっている。処理に要した期間は、1カ月以内が59.4%、1カ月超3カ月以内が36.6%となっている。一方、東京都産業労働局の場合は、1999(平成11)年度に労働相談からあっせんに移行した件数が1328件、その内労使間の合意が出来、解決したものは864件で、解決率は65.1%である。また、あっせんの平均所要日数は25日であり、内10日未満が478件(36.0%)、10~19日が296件(22.3%)と6割近くが20日以内の処理となっている。
以上のことから、第一に労働紛争の内容が大都市部を中心に解雇などを中心とした深刻な事項が中心になっており、早期の解決・処理が求められていること、第二に早期解決の点であっせんが一定の効果を上げていることがあげられる。東京都産業労働局の場合は、本局、研究所を含めて都内10カ所で相談を受け付けるだけでなく、出張相談や夜間相談(定例毎週水曜日)を行って、利用者サービスを図っている。出張相談では、4170件の相談を受け付けており、夜間相談では、1682件の相談を受け付けている。夜間相談の81.7%は労働者からの相談となっている。
これら紛争処理制度の処理結果について、開会されている資料では利用者のコメント(厚生労働省)や簡略な事実経過(東京都)が記載されているが、利用者の満足度について客観的に評価することは困難である。ただ、東京都の労働相談が4万件台で推移していること、厚生労働省の相談業務が発足後1年で54万件を超えていることは、労働者の一定の信頼が寄せられ、活用されていることを示していると言える。
<労働条件(契約)以外の民事紛争>
他方、労働条件(契約)以外の民事紛争とは、故意または過失により相手に損害を与える行為(不法行為)にあたるものである。ただし、契約をめぐる紛争が背景にあり、契約をめぐる紛争と峻別出来ない場合も考えられる。労働相談の事項では、いじめやセクシャルハラスメントが一応それにあたるものと考えられる。
都道府県労働局に寄せられた個別紛争関係相談では、8万9971件の内、いじめ・嫌がらせが5.2%、セクシャルハラスメントは1.8%、あっせん申し出2115件の内、いじめ・嫌がらせは5.3%、セクシャルハラスメント3.4%、助言・指導申し出1991件の内、いじめ・嫌がらせ5.0%、セクシャルハラスメント2.0%となっている。都道府県の労働相談受付件数15万2948件中、職場の人間関係にかかわるものは3919件(2.6%)である。ちなみに東京都の場合は、相談項目7万5434中、職場の嫌がらせは2170項目(2.9%)そのうちセクシャルハラスメントは1230件で前年比374件の大幅な伸びとなっており、あっせん件数1328中セクシャルハラスメントは44件(3.3%)である。
セクシャルハラスメントなど、職場の人間関係をめぐる紛争処理は、企業内の紛争処理能力の低下もあって、基本的に増加傾向にあるものと思われる。同時に、セクシャルハラスメントに典型的に見られるように、従業員間の関係として放置されていたものが、今日、雇用者に(防止の)配慮義務がおわされるなど、法令による抑止へと変化していくものもある。その点で、労働相談は、よりよく人権を保護・救済するため、社会の変化を敏感にキャッチする重要な役割をも担っていると言えよう。
1-3 個別紛争処理に求められるもの
<法規範をふまえた処理>
労働者の正当な権利保護とそれを通じたあるべき労使関係構築のための紛争処理制度とするには、法規範に則った公正さが必要である。日本においては労働契約法制が未整備であり、実定法に代わり、判例法理が大きな役割を果たしている。判例法理は、最終的には訴訟に訴え、確定判例に沿った判決を得なければ権利が確定しないという不安定さを持っている。こうした中で、ADRにおいては判断基準の透明性を確保するなどして、判例法理を踏まえた処理を行うことを保障するシステムでなければならない。
<わかりやすく、迅速、安価、簡便な処理>
また、上記の労働紛争の実態からわかるとおり、労働者にとって紛争は死活問題であり、迅速かつ安価な処理方法が必要である。そのためには、訴訟も含め基本的に代理人を必要せずに行いうる簡便さが必要となる。そして、なによりも紛争処理機関へのアクセスがわかりやすいことが必要となる。
迅速、安価、簡便な処理が求められるという点では、ADRの果たす役割が非常に大きい。裁判との連携が明確な労働調停制度が導入されることで、法規範をより踏まえた処理が行われることが期待される。都道府県や地方労働委員会、厚生労働省の労働相談・あっせん業務、新設される労働調停と様々な性格を持つADRがそろってきている。国会に上程される人権擁護法案が成立すれば、調停・仲裁や訴訟支援をも行う人権委員会が発足し、あわせて厚生労働省都道府県労働局の個別紛争調整委員会に調停・仲裁と訴訟支援の役割が付加される。それぞれのADRが相談窓口として十分な役割を果たすとともに、紛争の性格によって最もふさわしいADRが選択出来るようそれぞれの窓口において適切な振り分けがされ、わかりやすいアクセスが確保されることが必要となる。
訴訟においても、後述する挙証責任問題等訴訟手続において、基本的に弱者である労働者と強者である雇用主との力が均衡する制度的保障をしつつ、迅速、安価、簡便さの追求が求められる。イギリス等の労働裁判は、我が国の少額訴訟と同様の手続きをとっており、参考にすべきと考える。
1-4 処理体制
ADR、裁判所は、労働者が利用しやすい配置とすることが必要で、少なくとも各都道府県の主要都市になければならない。また、申立人の現住所で行うことを基本とするべきだが、移送も含め労働者が最も利用しやすい場所で処理が行われるようにする必要がある。
労働者の負担を軽くするためには、出来るだけ申し立て+1日程度で処理を終えることが望ましいが、遅くとも1カ月以内に処理を完了できる人的体制を確保する必要がある。
1-5 集団的労使紛争の実態と処理状況
<集団的労使紛争の実態>
まず、不当労働行為に対する地方労働委員会への新規申し立て(初審)は、1970年~1974年の間の平均858件をピークに、近年は300件台で推移し、2001(平成13)年は、341件である。また、前年からの繰り越しを含めた係属数は、1980年~1984年の間の平均2506件をピークに、近年は1400件台で推移し、2001年は1402件となっている。また中央労働委員会への再審査申し立ては、1975年~1979年の間の87件がピークで一時低下したがここ数年50~60台で推移し、2001年は64件となっている。再審査申し立ては、使用者側の方が多い(2001年において使用者側32件、労働者側27件)。
2001年における不当労働行為の申し立ての内、不利益取り扱いは初審188件(再審49件)、団交拒否は初審221件(再審35件)、支配介入初審187件(再審49件)、報復取り扱い初審11件(再審2件)となっている。
<処理状況>
処理状況だが、初審において、申し立てから命令書交付まで2001年には平均1143日要しており、再審においては、JR事件を含む全事件では1283日、JR事件を除くと1186日を要しており、初審と再審を合わせると2000日以上、約6年かかっている。これでは、迅速な処理とは到底言えない。加えて、労働委員会命令・決定を不服とする行政訴訟申し立てが行われている。初審段階の命令に対しても行政訴訟が提起されているが、再審段階の命令だけを見ても1992年から2001年までの10年間の平均で、労働者側が命令・決定を不服として申し立てたものは26%なのに対して、使用者側が申し立てたものは74%にのぼっており、労働委員会命令・決定に対する評価が大きく分かれていることを示している。こうして、不当労働行為紛争の処理が長期化しており、その迅速化が求められている。
<労働紛争調整機能>
なお、労働関係調整法に基づく労働委員会の労働紛争調整機能の活用は、2000年で総計613事件、内賃金紛争が429件(38.7%)、団交促進が264件(23.8%)
、経営または人事に関する紛争が247件(22.3%)
などとなっている。2000年におけるあっせん・調停・仲裁の申請状況は726件、一方、解決は263件、不調打ち切りは204件で解決率は56.4%となっている。調整に要した平均日数は、あっせんが48.3日、調停が30.4日、仲裁が47.5日となっている。中労委の賃金紛争調整に関して言えば、2002年度において国営企業賃金紛争と農林水産省関係独立行政法人賃金紛争のそれぞれで、事実上、不利益遡及を容認する調停ないし仲裁を行ったことは、争議権剥奪の代償機能としての存在意義を問われている状況である。
1-6 力関係の偏在と挙証責任の問題点
<経営者による証拠の隠蔽の恐れが伴う>
人事記録を保管していること、また、労働者を強く支配していることから、労働紛争において経営者が自己に不利な証拠を隠蔽することがたやすいことは、解雇をめぐる紛争(解雇の真の理由を隠蔽)や過労死事件(勤務状況の隠蔽)などを見ても明らかである。力関係の偏在が証拠の偏在を招いているのである。このことは、労働検討会においても、「労働関係事件固有の訴訟手続の整備の要否について」の項目の中で、今後検討される予定となっている。
<根本的には挙証責任の転換が必要>
こうした力関係の偏在による証拠の偏在を根本的に改善・解消するためには、挙証責任を訴えの当事者(通例は労働者)から、もっぱら使用者に負わせることが必要である。同様のことは、PL(製造物責任)問題にも言えて、企業と消費者の情報の非対称性(情報の格差)による証拠非開示の障害が常に存在している。しかし、これは、民事訴訟の根本原則の変更となり、現時点で合意を形成することは困難だと言わなければならない。
<次善の策はあるか>
当面、次善の策として、証拠偏在の是正のため現行民事訴訟法が設けている当事者照会と文書提出命令の制度を活用することが考えられる。当事者照会制度は、当事者が主張または立証を準備するため必要な事項について、相当の期間を定め、書面で回答するよう、書面で照会することができるというものである(民事訴訟法163条)。ただし、具体的または個別的でない照会は、この限りでない(同条1号)とされており、一定の制約を持っている。文書提出命令は、相手方当事者または第三者が所持している文書について、当事者の申し立てに基づいて、裁判所が証拠調べのために文書提出を命令する制度である(民事訴訟法220条以下)。刑事訴追を受ける可能性がある文書や職務上知り得た秘密について黙秘の義務が免除されていない文書、もっぱら所持者の利用に今日するための日記等の文書以外は、提出する義務があるとされている。この2つの制度が次善の策となり得るかは、その運用状況をつぶさに検討しなければ判断出来ないものである。
そこで、労働紛争ではないが、PL(製造物責任)問題にかかわって、全国消費者団体連絡会PLオンブズ会議が、当事者照会はあまり利用されていないことを指摘し、証拠開示の規程をPL法に規定するよう提案しているのが注目される。また、後述するように労働弁護団は、「労働訴訟手続の特則の試案」(2003年2月6日)で、民事訴訟法を改正し、裁判所による使用者に対する求釈明や文章提出命令とは別の文書の提出手続を定めるよう求めている。
2.労働調停についての考え方
【ポイント】
(1)労働調停の対象は、個別紛争に限定する。
(2)労働調停制度導入にともない、裁判所窓口で労働相談や法律扶助が受けられるよう機能強化を図る。同時に、各地域において・行政機関・弁護士会が連携した総合的な相談窓口を設け、労働紛争の性格に応じた適切な紛争処理機関の選択を助け、必要な法律扶助を受けられるようにし、実質的ワンストップサービスを実現する。
(3)資力に乏しい労働者の正当な権利救済を図る観点から、行政機関の例にならい労働調停の申請手数料は無料とすること。
(4)調停の公正性確保のため、調停主任を務める裁判官が常時手続に関与し、調停委員は労働問題に専門的知識を持つ使用者、労働者の代表とする。労働者を代表する委員の選任は、労働組合の潮流に比例させる。
(5)労働調停には、当然、民事調停と同様の時効の中断効を与え、調停不調の際の裁判所による決定が行えるようにする。負担軽減のため、調停記録を訴訟手続きに活用できる方法も検討する必要がある。調停前置主義は、労働調停に導入するべきではない。付調停については、当事者の同意を要件とすることが必要である。
(6)労働調停は簡易裁判所におくことが望ましいが、当面、地裁本庁・支部におき、専門家の関与等の条件整備を進め、計画的に簡易裁判所単位に設置していくべきである。
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2-1 労働調停の対象
<労働調停に不当労働行為事件はなじまない>
労働検討会において、経営者を代表するメンバー等から、集団的紛争を労働調停の対称に加えるべきという見解が表明されている。しかし、公労使3者の構成による労働委員会の救済制度が機能しており、労働組合側は労働委員会制度そのものには不満を持っていないこと、集団紛争では、個別紛争当事者よりも組織・財政力があり、多様なチャンネルが有効性を発揮するよりも屋上屋となる可能性が高いことから、労働組合法7条違反を争うものに互譲を原則とする調停制度がなじまないのではないかという問題があることから、労働調停の対象は、個別紛争に限定するべきである。
2-2 簡便さ、安価さ、効率性の発揮と公正らしさの確保のために
資力の乏しい個々の労働者が申請する個別紛争に対象事件を限定した労働調停制度の趣旨からは、その手続きにおいても簡便で安価、迅速かつ、調停委員会の構成における公正らしさの確保が求められる。
<簡便・安価を実現するために>
まず、簡便・安価を実現する点である。個別紛争事件としては賃金や解雇予告手当等の金銭の支払いを求める調停申し立てが多数を占めると思われるが、その他にも解雇等の労働契約に関する紛争や、男女差別・セクハラ等の労働条件に関する個別的な紛争も含めて、手続き面での簡便さが重要となる。他のADR等を前置せず、かつ本人が直接申し立て、手続きをすすめられることを前提として、制度と運用の両面からの検討がされる必要がある。
<実質的ワンストップサービスの実現>
労働紛争においては、相談機能が極めて重要であることから、従来の訴訟や民事調停の相談のみに限定していた裁判所の相談窓口機能を抜本的に充実し、労働紛争の内容に関わる相談や弁護士会等の協力による法律扶助あっせんを担うことが重要である。そのために、窓口となる書記官の人的な態勢を強化することが必要である。それと同時に、司法・行政・弁護士会のそれぞれの相談窓口が連携し、紛争の性格に応じた最もふさわしい処理方法をそれぞれの窓口が知らせ、かつ、法律扶助業務をあっせんするような「総合相談窓口体制」を設けることが必要である。それによって、どの窓口に行ってもたらい回しされることがない、実質的なワンストップサービスとなる。なお、法律扶助を簡単に受けられるようにするため、弁護士会・法律扶助協会の窓口を、当面、地裁本庁・支部内、将来的には簡裁内におくことが必要と考える。なお、法務省が国会に提出中の人権擁護法案と連動し、都道府県労働局の個別紛争調整委員会に調停・仲裁機能を加えることが予定されている。このことは、内部的には委員選任の公正らしさの問題を一層重要にしている。外部的には、労働調停制度との棲み分けが課題となっている。
申し立てにあたっては現在の民事調停でも活用されている定型的な申立書式(貸金・建物明渡し等の類型に応じ、当事者の特定や紛争の要点を書き込むことで、申立書が作成できる書式)を窓口に備え付ける等の受付態勢の充実をはかる。
<手数料は無料とすべき>
現在の民事調停の申し立て手数料は、調停を求める事項の価額に応じた印紙を貼付して納入している(100万円の支払申し立てで5300円、300万円で13300円)。価額が高くなるにつれての逓減制となっている。そもそも、手数料の納付は、事務経費にあてるという意味よりも乱訴を防ぐという意味合いが強い。しかし、労働者が労働調停を申請する際のせっぱ詰まった事情を考えるとそういった考えに立つ必要はなく、むしろ限りなく低廉にして正当な権利救済のために活用を促すという観点に立つべきである。相談だけでなくあっせん業務も無料である行政機関の例に倣い無料とすべきである。
<法律扶助の充実>
労働調停は、裁判に近いADRであり、とりわけ解雇等の労働契約に関する紛争等をはじめ、事案によっては法的な援助が必要な場合もある。当事者の負担能力に応じた弁護士費用の報酬体系や、法律扶助協会への公費支援の大幅な増額と扶助手続きの要件の簡素化等についても検討する必要がある。また、調停申し立て手数料をとるとした場合には、調停不成立の後2週間以内に訴訟を提起した場合には、訴訟に流用できるとする現行の民事調停の制度は、労働調停にも適用することが必要である。
<公正性と納得性の確保を>
簡便性とともに、迅速な紛争の解決が求められる。一方で、迅速性のみが強調されると、公正性や当事者の納得性が軽視されかねない。とりわけ当事者間の互譲による紛争の解決を基本とする調停においては、当事者の納得が得られなければ調停不成立・紛争の未解決となり、迅速な解決とも矛盾することとなる。
公正かつ迅速な、納得性のある解決のためにも、調停委員をはじめ、手続きに関与する弁護士、司法書士等の適切な役割の発揮が求められる。さらに重要なことは、労働関係事件の特殊性・専門性をふまえ、労働調停において、雇用・労使関係に専門的な知識経験を有する調停委員(専門家調停委員)を導入し、裁判所において公正・中立性が確保された専門家調停委員を迅速に選任できるような態勢を確保する。専門家調停委員は、専門的な知識経験を生かし、公正・迅速な紛争の解決に向けた役割を発揮する。
<労働組合の潮流に比例した調停委員選任と裁判官の継続的関与>
専門家調停委員の公正らしさ確保のために、その構成は、労働組合・使用者団体双方の公正・民主的な選任手続きの推薦をもとに調停委員を裁判所が任命することが必要である。とりわけ労働組合の推薦に基づく任命については、各都道府県段階でも労働組合の組織が分かれていることから、その潮流に比例した規模での調停委員の候補者のリストを各団体の推薦をもとに作成し、任命するという形態をとるべきである。公正さの確保のためには、労働委員会と同様、弁護士や有識者等の公益代表を加えた3者構成とすることも検討する必要がある。労使のみの専門家調停委員により調停作業が行われる場合には、各調停委員は労使の利益を代表する立場には立たないと言えるが、より円滑な手続き進行をはかるうえからは、調停主任(裁判官)による適切な調整機能の発揮が求められる。現在の民事調停では、調停主任は調停成立時に出席する事例が多いが、上記のような労働調停では調停主任も継続的に調停委員会に関与することが求められる。そのための簡易裁判所判事の人的態勢を確保することや、新設予定の弁護士を非常勤裁判官として任命する制度を活用することも検討する。
2-3 他のADR、裁判との連携
<他のADRからの資料の送付について>
他のADRとの連携についてまず考えるが、様々なADRがある中で労働調停が担当するのがふさわしい紛争とは、判例法理に違反する権利侵害で裁判に移行することも視野に入れる必要のある対立性の強いグレーゾーン的事案と想定される。それに対し、相談ないしあっせん的ADRは、実定法ないし判例法理への無理解による紛争など、対立性の弱いものを担当するのが効果的である。同時に、労政事務所・労働局の相談業務からの紹介により、労働調停が申請される可能性も排除できない。その際、他のADRが整理した資料の労働調停への送付は、調停内容が、和解=確定判決と同等の効力を持つことことから、当事者が防護権行使の障害にならないよう十分配慮しつつ、迅速な処理の観点から事前の争点整理のために活用すべきである。
<裁判との連携>
次に裁判との連携について考える。労働調停事件の基本的な手続きについては、民事調停に準じてすすめられることになると思われるが、調停手続きの特徴の1つは、成立した調停内容が確定判決と同等の効力をもち、それを記載した調書による強制執行が可能であることだ。したがって、他の相談ないしあっせん的なADRでは相手方(会社側)の任意の履行が期待しがたい紛争や、将来的に裁判への移行も考えられるような、当事者間の対立性の高い紛争が申し立てられることが予想される。
<時効中断効の付与など>
民事調停で定められている時効の中断効(調停不成立の場合に、2週間以内に訴を提起すれば、調停申し立て時に訴の提起があったものとみなされる。民事調停法19条)については、労働調停でも認められる必要がある。調停が成立する見込みがない時に、裁判所が相当と認める時は当事者双方のために、調停に代わる決定を行えることも労働調停にも適用されるべきである(民事調停法17条。2週間以内に異議が出されれば決定は失効)。民事調停の不成立により訴訟に移行した場合、訴訟手続きは全く別個の手続きとして、調停で提出した資料も改めて訴訟の証拠書類として提出している。調停と訴訟との資料の位置づけの違い(話し合いを前提にした資料か、証拠書類か)はあるが、当事者の負担軽減の趣旨からも、調停記録を訴訟手続きに活用できる方法も検討することが必要である。
<調停前置主義はとるべきではない>
訴訟を提起する前に、当該請求について事前に調停手続きを経ることを義務づける調停前置主義は、当事者の手続きの選択権を保障する趣旨からも、労働調停に導入するべきではない。訴訟手続きの進行中に事件を労働調停手続きに移行させる付調停については、そのことで当該事件の迅速・公正な解決がはかられる見通しがある場合には活用の余地がある。しかし調停手続きが話し合いによる互譲を前提とした手続きであることからも、付調停とする場合には当事者の同意を要件とすることが必要である。
2-4 管轄
<利便性から言って簡裁管轄が適当>
労働調停の事物管轄(管轄単位)を地裁支部(203カ所)にするか簡裁(438カ所)にするかで、労働検討会では見解が分かれているが、ほぼ旧郡単位(約400)が生活・就業圏となっている状況を踏まえ、民事調停と同様に簡易裁判所単位におくべきである。ただし、離島・辺地に置かれている簡裁については、専門家の関与や総合相談窓口の設置等の条件整備に時間が必要となる。その点から、当面、地裁本庁・支部に労働調停を置くとともに、全簡裁におく計画を明確にして、設置を推進すべきである。
また、申請者の住所での申請を認めるかどうかについても見解が分かれているが、労働者が雇用契約を解除されて、生活のために帰郷する場合もあり、利用者の利便性を可能な限り確保する観点から言って反対する理由はない。小規模・零細企業の場合は、双方の合意により、利便のよい中間地点に移送するなど、柔軟な制度設計とすればよい。
3.あるべき労働裁判についての考え方
【ポイント】
(1)利用しやすい裁判へ機能強化をはかる。
(2)可能な限り本人が主体となる簡略な手続へと改革を進める。
(3)証拠非開示の防止をめざし、民事訴訟法改正を行う。
(4)労使の専門家の関与を実現する。
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3-1 大きな司法の実現を
<法曹三者や関係職員の抜本的増員を>
判例法理を作り出す裁判制度を核として、裁判との連携を保った紛争処理制度を構築することを求める以上、裁判へのアクセスの拡大を保障する、アメリカほどは大きくないがヨーロッパ諸国並みの大きな司法を求めることは当然である。政府は、すべての裁判において2年以内に判決を出すことを目標とし、迅速化のための法案を準備している。裁判の迅速化は国民の裁判を受ける権利を具体的に保障するものである。しかし、法曹3者をはじめ、裁判所職員など関係職員の抜本的な増員や物的体制の充実がなければ画餅に帰すのであり、そのことを踏まえた迅速化策としなければならない。
3-2 簡便・迅速な独自の手続
<簡便・迅速な裁判制度を>
さらに、体制充実だけでは、利用しやすい迅速・簡便な裁判制度とはならない。この点で、現在の少額訴訟を参考にした労働裁判の手続きが構想されてよい。基本的に本人訴訟であること、1回の審理で判決を出すことを基本であり、口頭での判決言い渡しが行われ、書面の判決文は後日交付であることなど、現行の少額訴訟とイギリスの労働裁判は非常に似通っている。迅速・簡便・安価であるだけでなく、本人訴訟を基本とするため、法曹専門家の関与が少なく、当事者の納得性が高いことも利点としてあげられている。簡便・迅速な労働裁判が実現していない時点では、当面、少額訴訟の利用を広げるため、請求額の上限等必要な検討を行うべきと考える。
3-3 労働参審の実現で民主国家にふさわしい法秩序意識の醸成を
<労使の専門家の関与が重要>
イギリスの労働裁判は、労使の専門家が裁判官として職業裁判官とともに裁判に携わることで、判例を作る役割を果たしており、国民の司法参加とそれによる民主国家としての法秩序意識の醸成に大きな貢献を行い、裁判の納得性を高めている。日本においても、同様の制度を導入し、労働裁判の納得性を高める必要がある。
3-4 証拠開示のため民事訴訟法の改正を
<証拠を提出させる手続>
一方、前述のように、力関係の偏在により、労働裁判においては使用者による証拠の非開示の問題が常につきまとっている。挙証責任の転換は根本的解決だが、前述のように労働弁護団は、それに至らないまでも民事訴訟法を改正し、裁判所の求釈明により、解雇、懲戒、労働条件不利益変更等の真の理由を開示させることや現行民事訴訟法の文書提出命令とは別に当事者の申し立てまたは裁判官の職権により証拠となる文書の提出を求めることが出来るようにすべきだと提言している。国公労連として、労働裁判における固有の手続について、全司法本部・裁判所職員など関係職員とともに検討を具体的に行い、労働検討会のスケジュールを踏まえ責任を持って見解表明をしていく。
4.労働委員会命令に対する司法審査改革についての考え方
【ポイント】
(1)緊急を要する不当労働行為救済に関わる判断が、2審制労働委員会と3審制裁判所で、事実上の5審制となり、他に例を見ないほど遅延を招いている。こうした実態を審級省略の実現により、早急に解消すべきである。しかし、審級省略を求める全労連や労働弁護団の側でも、中労委を省略するか、東京地裁を省略するかについて方向が確定していない。このことをふまえ、国公労連としては、両者の短所・長所を具体的・全体的に検討した上で、司法制度改革の動きに対応して見解を表明していく。
(2)労働委員会審査で提出された資料については、処理の迅速化の観点から、訴訟において活用できるよう制度の整備を進めるべきだと考えるが、なお、国公労連として短所・長所を具体的に検討した上で考えを表明する。労働委員会命令に対する司法審査のその他の問題についても、同様に対応する。
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4-1 審級省略にあたっての検討課題
<中労委省略か地裁か省略か。短所と長所の検討>
JR採用差別事件を典型に、地労委への申し立てから10年を経過してなお判決が確定しない不当労働行為事件が存在しており、不当労働行為救済制度そのものを大きく揺るがしている。事実上の5審制の審級を省略し、「4審制」とすることで、一刻も早い司法判断の確定と救済の実現を図るべきという声は、全労連、連合、労働弁護団に共通している。ただ、労働弁護団は、中労委の省略をも選択肢に入れているが、全労連、連合は基本的に東京地裁判断を省略することを求めている。国公労連として判断する場合は、両者の短所・長所を具体的に検討する必要がある。また、東京地裁審級省略を求めるには、運動の側として、労働委員会の証拠調べや事実認定が裁判所のそれと遜色ないという点での合意を、裁判所職員も含めて形成する必要がある。一方、中労委の審級省略を求めるためには、省略した場合の中労委の役割(全国的規模の事件を取り扱うなどの点)についての合意を関係職員を含めて形成する必要がある。こうした検討の上で、労働検討会のスケジュールに対応し、責任を持ってしかるべき意見表明を行っていくものとする。
4-2 労働委員会の証拠の扱いなど
<労働委員会命令の尊重を>
労働弁護団は、労働委員会命令が認定した事実は、それを立証する実質的証拠がある場合は、裁判所を拘束する制度とし、司法判断の迅速化と労働委員会命令の尊重を図るべきだとしている。国公労連として、全司法など関係職員を交えた検討を行い。労働検討会のスケジュールを踏まえ、しかるべき時に責任を持って意見表明が出来るようにする。その他の問題についても同様とする。
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