国公労連は8月2日、科学技術政策シンポジウム実行委員会を構成する学研労協・全大教・日本科学者会議・首都圏大学非常勤講師組合とともに、文部科学省の中川正春副大臣(写真奥)に対して、若手研究者(ポスドク等)問題の解決に向けた申し入れ・懇談を文科省副大臣室で行いました。
冒頭、学研労協・池長議長(科学技術シンポ実行委員長)と国公労連・上野中央執行委員(シンポ実行委事務局長)が、申し入れ書(別添)と「若手研究者(ポスドク等)問題の解決に向けた提言」(※Word60KB)のポイントを説明するとともに、(1)2008年にはノーベル賞受賞者の小柴昌俊氏を講演者に迎え、マスコミも大きく注目するシンポジウムを開き、高学歴ワーキングプアの実態を告発し、ポスドク問題解消の必要性を社会的にアピールしたこと、(2)2009年には実態告発から問題解消へと発展させるための提言づくりをめざしたポスドクフォーラムを開催したこと、(3)取り組みの3年目となった今年5月にはノーベル賞受賞者の益川敏英氏を講演者に迎え、「若手研究者(ポスドク等)問題の解決に向けた提言」を発表したこと、など3年に渡る取り組みが今回の「提言」に結実したことを強調しました。
つづいて、懇談に出席した各団体から要旨以下の発言がありました。
《国立環境研究所労組・中島委員長》 環境研は正規雇用の研究者200人に対して、ポスドクが100人という、つくばの中でポスドクの割合が一番多い研究機関となっている。ポスドクの雇用は最大5年で、毎年の正規採用枠は10人程度しかなく、ほとんどのポスドクは正規の研究者になれず将来が見えない。そのため、優秀な人材が来なくなりはじめている。これでは日本の科学技術の未来は暗いのではないか。一昨年、研究開発力強化法ができ、任期付職員は人件費削減枠から除外するとされたのに環境研ではそうなっていないので改善願いたい。いま予算を10%削減するという方向性が出ているが、これが研究機関に及ぶとなると大変なことになる。文科省を中心に検討されている「国立研究開発機関構想」などにおいても、研究機関の自主性を尊重し人件費の縛りなどをなくしてもらいたい。
《全大教・立石副委員長》 ここ数年、大学院博士課程の充足率が急速に落ち込んでいる。学生の側は、進学して研究を続けたいと思っても、授業料と生活費の負担が重い上に将来の展望が見えないため進学できない。大学の側は、博士過程の定員を充足することが文科省からの至上命令のようになっていて、留学生や社会人などの発掘に躍起になっている。学生の経済的負担の問題では、リサーチ・アシスタントなどで授業料に相当する分ぐらいは補助する仕組みなどがあるが不十分だ。大学は、ドクターをつくると予算がつくので、自分のところに大学院をつくって多くのポスドクを生み出してしまう。そして、人件費の抑制で若手教員の雇用先はない。雇用先があっても任期付きで、“行き過ぎた競争”に巻き込まれる。競走を全面的に否定するわけではないが、“行き過ぎた競争”は、短期で成果がでるものだけを追わざるをえず、長期的な研究が必要な分野は枯渇していく。研究分野ごとの特性をよく考えなければ、研究の未来は非常に危うい。
《首都圏大学非常勤講師組合・松村委員長》 30年以上前からオーバードクター問題が国会で議論されてきたにもかかわらず、大学院をどんどん増やして問題を一層深刻化させている。そして、文科省は理工系のポスドク問題については様々な対策を打っているが文系については何もやっていない。世界中どこでも最高学歴はドクターだが、日本では文系のドクターは学卒より仕事がない。これは個人の努力の問題ではなく政策の失敗の問題だ。私はある大学で4コマの授業を持ち10年も続けている。これが1年限りの仕事なら非常勤の仕事だと言えるが、10年も続いていて、これのどこが非常勤なのか? 教育の仕事というのは、授業時間外にも学生から質問があればそれに答えなくちゃいけない。そういった時間外労働がたくさんある。そういうことに対する配慮もない。大学の非常勤講師のほとんどが年収300万円以下の生活保護世帯並みでまさに高学歴ワーキングプアだ。ユネスコからも日本政府に対して勧告が1997年に出され、とりわけ正規と非常勤の格差の是正をはかる必要があると指摘されているが、それに対しても日本政府はまったく何もしていない。日本の私立大学においては、全講座の6割ぐらいが非常勤講師で運営されている。非常勤講師が生活困窮にあえぎながら大学の高等教育を日々担っているのだ。日本の高等教育は若手非常勤研究者の犠牲の上に成り立っている。その点をよく考えて非常勤講師の位置付けや待遇の改善をはかっていただきたい。
以上の発言に対して、中川副大臣は要旨以下のように答えました。
○ 私たちも若手研究者の問題を改善したいと考えており、問題意識は共有している。その上で、具体的に改善をはかるため頑張るしかないわけだが、たとえば経済界に対して、ポスドクを雇用するように私たちが働きかけなどを行っているが、経済界は雇用できない理由ばかりを並べて、なかなかその気になってもらえないなど改善が進んでいない。
○ 指摘された点は、いま始まった問題ではなく、毎年繰り返されている課題であり、真摯に受け止めなければいけないと考えている。ポスドク問題は人材が十分な形で生かされていない点と、若手研究者の生活困難な面からも大変な問題であると認識している。
○ 様々な審議会などの委員からもポスドク問題の改善をはかるべく指摘されており、文科省としても先ほど指摘があったリサーチ・アシスタントなどアメリカのシステムを取り入れたりしているところだ。また、昨年の政権交代後、奨学金制度を給付型に持っていこうと文科省は予算要求もしている。
○ こうした対策も行っているが、リサーチ・アシスタントにしても根本的な問題解決にはなっていかないと思っており、もっと構造的な問題に手をつける必要を感じている。もう一度、需要と供給の関係を見て、人材の使い方をよく考える必要がある。経済界はポスドクを使いづらいなどと言うが、民間のところでも雇用を広げる具体的な手立てを打たなければいけないと考えている。
○ 大学の体制も深刻な状況になっている。とくに地方の文系の私立大学などの経営は行き詰まっている。そんな中で雇用を増やすどころかどんどん非常勤に切り替えなければ立ちゆかないような深刻な事態になっている。この問題に対しても構造的な解決をはからない限り、小手先でやっていても駄目だと認識している。
最後に池長議長が、「文科省や政府は、研究機関の理事長などからの意見は聞くようになっているが、私たち労働組合など研究現場で働くものの意見を聞く機会を今後も持っていただきたい」と要請したことに対して、中川副大臣は、「ぜひ今後も具体的な知恵をお貸しいただければありがたい。たしかに予算が増えたら一番いいのだが、政策の優先順位が落としどころにならざるをえない。たしかに一律削減では日本全体が沈むので、メリハリをつける必要がある。事業仕分けで、科学技術分野の研究者から多くの意見が出され、私たちも学んでいる。メリハリをつけるには説明が必要であり、私たちも教えてもらいたことは様々ある。たとえば、研究機関の適正な規模はいったいどれぐらいなのかということなど、今後も知恵をお貸し願いたい」と述べ、懇談を終了しました。
科学技術政策シンポジウム実行委員会 実行委員長 池長裕史
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若手研究者(ポスドク等)問題の解決に向けた申し入れ いま、日本の「知」が危機に瀕している。1990年代より始まる大学院重点化政策とポスドク1万人(支援)計画により生み出された1万7千人もの大量のポストドクターが、充分な雇用の受け皿がないために不安定雇用と低賃金にあえいでいる。また、2万6千人といわれる非常勤講師は、低賃金に据え置かれ、複数の大学で講義を掛け持ちしなければ最低限の生活もできない状況に置かれている。こうした状況は、学術研究に携わるということが、日本の社会において「生業」として成り立っていないことを示している。 若手研究者の「使い捨て」という現状は、当人の問題だけではなく、育成に関わって投入された公的経費を無駄に浪費することである。加えて、学術研究、科学技術の進展を遅れさせ、日本の将来を危機におとしいれるものといえる。 私たち学術、研究に関わる機関の労働組合、団体は実行委員会を作って今年5月16日にシンポジウム「高学歴ワーキングプアの解消を目指して~学術の危機と若手研究者・ポスドク問題」を開催した。このシンポジウムではノーベル物理学賞受賞者の益川敏英教授が記念講演を行うとともに、実行委員会から、「若手研究者問題の解決に向けた提言(案)」を提起し、討議した。 これらを踏まえ、若手研究者問題の解決へ向けて下記のとおり申し入れるものである。貴職におかれては、なお一層の対策と対応をお願いする。
記
1.大学・公的研究機関の常勤ポストの増加 (1)大学・公的研究機関においては有期雇用・非常勤雇用を制限し、教員と研究者は任期のつかない正規雇用を基本原則とすること。 (2)公的研究機関においては、国が一括して常勤の研究職を採用する新しいテニュアトラック制を導入すること。 (3)公的研究機関におけるテニュアトラック比率を引き上げること。 (4)大学においては、教員へ任期を付すのは時限プロジェクト等の場合に留めること。 2.ポスドクの民間企業等への雇用促進 (1)企業、行政機関などへの雇用の促進を図ること。 (2)初等・中等教育、企業などへの就業機会を増やす仕組みを整備するとともに、学術コミュニケーターなど新しい道への支援を拡充し、就業分野の選択肢の拡大を図ること。 3.高等教育費の公的補助の増額 (1)高等教育の公費負担についてOECD平均(GDP比1.0%)以上の水準を確保し、国公私立大学間の格差を是正すること。 (2)国立大学法人の運営費交付金の削減と人件費削減政策を撤廃するとともに、私立大学等経常費補助金を大幅に増額すること。 (3)中等教育・高等教育を無償化するとともに、給付型奨学金を実現すること。 (4)利率の低減や返済猶予条件の緩和など奨学金返済条件を緩和すること。 4.科学技術予算配分方針を抜本的見直し (1)基礎的・萌芽的学術研究に対する資金・人材を確保すること (2)研究独立行政法人の運営費交付金・人件費漸減政策を撤廃すること。
以上
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