安倍元首相の「国葬」の実施に反対する(談話)

【私たちの主張:私たちの主張】2022-07-22
2022年07月22日
日本国家公務員労働組合連合会
書記長 浅野龍一
 
1.政府は本日、元内閣総理大臣である故安倍晋三氏(以下「安倍元首相」という)の「国葬儀」を本年9月27日に実施することを閣議決定した。
 
 政治活動中の卑劣な暴力によりいのちを奪われた安倍元首相を悼む国民が少なくないことは事実であり、いかなる組織・個人であっても、その弔意を表明する自由は保障されなければならない。

 また、岸田首相は本月14日、この「国葬儀」の意義・目的として、「憲政史上最長の8年8か月にわたり、卓越したリーダーシップと実行力をもって、厳しい内外情勢に直面する我が国のために内閣総理大臣の重責を担ったこと」などの安倍元首相の功績や「暴力に屈せず民主主義を断固として守り抜くという決意を示(す)」ことなどを強調していた。

 しかしながら、この「国葬儀」には、法的なものを中心とする諸問題が内在しているため、安倍元首相の政治的評価の如何にかかわらず、その実施には反対せざるを得ない。

 
2.いわゆる国葬は、国民の総意をもって特定の個人を弔うこと、すなわちすべての国民に弔意の表明を強要することを目的とした宗教的な儀式となる疑いがあるため、日本国憲法第19条(思想・良心の自由)及び第20条(信教の自由)に違反するおそれがある。

 現在のところ、安倍元首相の政治的評価は多岐にわたっており、それを踏まえた弔意の表明のあり方は、さまざまな国民の感情や価値観などを尊重する必要があるところ、過去に特定の政党のリーダーであった故人を対象とする「国葬儀」の実施は、さらなる国民の分断と対立を招くことが懸念されるため、より慎重に判断する必要がある。

 また、とりわけ政治家を対象とした「国葬儀」は、特定の政治的思想などを国民に浸透させる効果を否定できず、プロパガンダに悪用されるおそれがあることにも留意すべきである。

 
3.そもそも国葬は、天皇主権の権威主義的な国家体制のもとに実施された国の儀式であり、当時の国家体制を統治するためのイデオロギーの維持・高揚などに利用されていた経緯を踏まえれば、前述の「暴力に屈せず民主主義を断固として守り抜くという決意を示(す)」という岸田首相の発言は、国葬の意義・目的を適正に理解したものとは言えず、そこに政治的意図があることを疑わざるを得ない。

 また、日本国憲法の制定に伴い、国民主権や政教分離の原則などが確立された作用として、1926年に制定された勅令である国葬令が1947年をもって失効したことを踏まえれば、「国葬儀」の実施に当たっては、その根拠法令を別途制定する必要がある。

 さらに、岸田首相が引用している内閣府設置法は、あくまで内閣府の所掌事務の範囲や組織などを定めた法律であり、同法第4条第3項第33号は、内閣府が「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務」をつかさどることを定めたものに過ぎず、国の儀式や行事などを創設し、その実施や対象などを決定する包括的な権限までも内閣府に付与されているわけではない。

 したがって、内閣府設置法を背景とした閣議決定を根拠として実施する「国葬儀」は、直接的な根拠法令が存在しないため、その違法性を指摘せざるを得ない。

 なお、全国戦没者追悼式や東日本大震災追悼式などは、「国葬儀」と同様に根拠法令が存在しないまま実施されているものの、その適法性については、あくまで対象となる故人の属性や範囲などを踏まえ、国民のコンセンサスや期待される効果などを総合的に勘案して判断されるべきであり、現在のところ、その違法性が疑われる要素は見当たらない。

 
4.「国葬儀」の実施に当たっては、国家公務員に弔旗の掲揚や黙とうなどの行為が指示され、より強力に弔意の表明を強要することが想定される。また、特定の政治的思想などが内在する儀式に従事させられることにより、「全体の奉仕者」である国家公務員が「一部の奉仕者」に変質するおそれもある。これらの職務命令は、日本国憲法第15条(公務員の地位)、第19条及び第20条に違反する疑いがあるとともに、国家公務員の公正・中立性をないがしろにするものである。

 さらに、いわゆるコロナ禍や物価高騰などにより国民の生活がひっ迫・困窮している実態も踏まえれば、直接的な根拠法令が存在しない儀式に巨額な国の予算を支出することは、財政民主主義を逸脱するばかりでなく、およそ国民の納得・合意を得られるものではない。

 
5.これらの諸問題は到底看過できるものではなく、国公労連は、さまざまな国民の感情や各界からの指摘・批判などをあからさまに無視し、拙速かつ一方的に「国葬儀」の実施を決定した政府に抗議するとともに、この閣議決定を即刻撤回することを求める。

 また、現時点においては、安倍元首相に所縁のある当事者組織などが葬儀を主宰し、故人を悼む国民をはじめ、外交儀礼として海外の国家元首などが弔意を表明する機会を確保すべきであり、この国にふさわしい「国葬儀」のあり方やその要否などについては、日本国憲法の理念や財政民主主義の観点などを踏まえ、国会において慎重に議論されることを期待する。
 
以上