76春闘において全商工(現全経済)は「ロッキード事件追及」と春闘要求実現をかかげた
約3000人の中央集会を開いた=1976年3月26日、旧通産省(現経済産業省)本省中庭
1976年2月、米上院委員会で戦後最大となるロッキード疑獄事件が発覚した。国会は衆参両院に事件の政治的道義的責任を追及するためのロッキード問題調査特別委員会を設置した。高まる世論を背景にして同年7月26日、前首相田中角栄は逮捕され、起訴された。76春闘は、ロッキード事件が国政をゆるがす問題に発展するなかでのたたかいとなった。
総評・春闘共闘は「ロッキード疑獄追及」「公共料金引き上げ反対」などの国民的要求をかかげ3月30日には51単産がストライキを決行した。しかし、春闘相場を左右するJC(全日本金属産業労組協議会)が資本の1ケタ台賃金抑制に事実上同調する姿勢をしめし、前年度の物価上昇率を下回る定昇込み9%前後の回答で妥結した。
その後、76年人事院勧告をめぐって、政府のなかに低額勧告をださせる動きが強まったので、国公労連はスト体制を確立してたたかった。しかし、人事院は8月、水準では春闘相場なみだが、6月と12月の期末手当をそれぞれ0.1ヵ月ずつカットする勧告を行った。
(国公労調査時報 bT59 2009年7月号)
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